やりたい事をやるだけでは、お金にならない。ーもしXの力がなければ!ー

The following two tabs change content below.
Asami

Asami

(キネシオロジスト) ホンモノ自分で、ホンモノの人生を送ること。 そしてホンモノのパートナーを惹きよせるための 倭のタントラの道をご紹介してます! *NYU IT *The New York School of Homeopathy *クラシカルホメオパシーFCH JAPAN *Integrative Nutrition *Natural Gourmet *Integrated Healing(キネシオロジー)マスター 全米公認ヨガインストラクター

↑ 若い・・・w 30歳で始めてNYに渡ったときの私です。
宇宙新年おめでとうございます。

長い冬が終わりを告げています。五行を学び始めて、春分っていう言葉が今やっとわかりかけています。
そう。春って・・・新しい始まりって・・・長い冬の後が間も無く終わるとき・・・まだ暗いうちから始まってるんですよね。

3月の29日に、初のビデオシェア会としての『倭のタントラ』陰力ケアが初開催されます。
そのために、ここ数週間は、ビデオ撮影と、編集に追われる毎日でした。

そして偶然にも、この宇宙新年である春分のがビデオ納品の締め切り。まさに今、種を植え終えたわけなんですが、
いやいや、元はと言えば、この種ってもっと、もっと、もっと、もっと、ずーーーーーと前に植えられてたんです。

今から20年前。私、NYUの大学院で、こんな風にビデオ編集に明け暮れてたんです。

自分の人生何がやりたいか、なんて考えたこともなく、普通に就職していた会社を辞める事になって・・・
興味本位で語学留学したNYで、自分の結婚生活が、すでに破綻しているのに、無理やり幸せだと
思いこもうとしていた自分を、やっと認めて離婚を決意したときに・・・。(あ。一回目ね)

なんとか人生立て直さないと・・・・とこのとき選んだ道がこれだったんです。30歳のときです。

学生時代、勉強をする気がなく、成績も最悪だった私が、NYUの大学院に受け入れられるまでの話も
それはそれは、珍道中だったし、今から思えばあんな大金払わなくても、ビデオの技術なんて自力でも学べたし、
あのとき学んだ全てのことは、技術の進歩により、今や、小学生でもクリック一つで出来るようなこと。

でも、私にとっては、このときが、生まれてはじめて自分の人生を歩み始めた記念すべき第一歩でした。

これから、この『やりたい事をやる』っていう作業が、どうして、こんなに難しく思ってしまったのか・・。
私の経験をお話しします。

50年かかりました・・・。これに気がつくのに。

一言で言えば、『陰の力』がなさすぎたんです。

話は、私の幼少に遡ります。

私は、幼稚園から高校まで、母の意向で、まったく柄にあわない、良妻賢母を育てるお嬢様学校に、行かされてたんです。

一方・・・父は、北海道育ちのインド仕込み(笑) 可愛い子は崖から突き落とす・・タイプの過激派です。
『金は実力で稼げ・・・』という考え方だったので

私は、15歳のときから、自分の欲しいものは、すべて、自力で稼いで手に入れる・・・という方式で育ったんです。

お嬢様学校・・・は、もうとにかく校則が厳しくて、躾、礼儀、お作法・・の世界でしたが、
私は学校に内緒で、バイトして、自分で買った原チャリに乗り通学、夜は六本木に繰り出し・・・

お金があると『自由』が買えると勘違いしたんです。

だから、アルバイトは楽しかった。
次第に技量が付いてくると、どんどん時給の高い仕事も回ってくるようになって
学生のときから、小金持ちでしたよ。

会社を選ぶときだって、迷いなく、給料が一番高いところ・・・が基準で、選んでもらえた職業がスチュワーデスだったという訳です。

つまり、私の前半の人生は、『お金のために働いた』時代なんです。

金銭的には自由でしたよ。好きなもの買って、美味しいもの食べまくって、旅行はほとんどタダだったし、月15万は貯金もして・・

でも、まったく幸せではありませんでした。
仕事が終わって、会社の同僚と、愚痴を言いながら高いお酒を飲みに行く・・。
人生希望をなくした中年オヤジみたいな生き方。

そして、とにかく仕事が嫌だという理由で、30歳のとき会社をやめて・・

気がついたら、私には、なーーーーーんにもやりたい事がなかった。

いや、何がやりたいのかすら、わからなかったんですよ。

 

焦りましたね。

だって、今まで自分のやりたい事じゃなくって、やったらお金になることしか考えないで
生きてきちゃったわけで・・・もう感覚が麻痺しちゃってて、欲しいものがわからなくなっちゃってたんです。

とりあえずの苦肉の策が、NY行きで、唯一『面白そう』と思えた、コンピュータ・アートの世界。
教育ビデオや、ソフトを作ってみたい!って
とにかくワクワクしたからーって理由だけで留学を決めました。

アメリカの学費って、超高いですからね。貯金だけで間に合わず、また、1年間は、アルバイトしまくりで
お金貯めて、渡米しました。

そして、それから2年間。生まれて始めてです。自分が『やりたい』と思った事を全身全霊を尽くして
やったんです。学校はストレートAで卒業しました。

しかしですが、どんなに素晴らしい教育を受けようとどんなに学校で素晴らしい成績を取ろうと、
社会に出れば、そんな人は5万といるわけです。

アメリカは実力がない人は誰も雇ってくれないし、ビザがないなら、さらに条件は最悪になります。

そして、当然のことですが、やりたい事ではお金にならない。という壁にぶつかります。

やりたい事を頑なに曲げずにやり通したって、それにお金を払ってくれる人が居なければ、家賃が払えないと思いました。

なら、『ウェブサイトくらい作れないと』『いや、プログラミングくらいできないと・・・』みたいな

人が何を求めているかにあわせて、技量を磨こうと寝返ると、そこそこに仕事が入り、家賃は払えるけど、幸せじゃない・・ということが続き
混乱しました。

『お金のためには2度と働かない・・・て決めたはずなのに、結局お金のために働いている・・・』って。

また学校に入り直して、勉強したり・・・
その繰り返しを何年も何年もやりながら、もがいてました。

私の『天職』はなんだろうって
ありもしないものを、一生懸命探してたんですね。

今から思えば、ここまでやってきた全てのことが

素晴らしい過程であって、

ここで身につけた技術も、要領も、

全て素晴らしい糧になっていて

いろーーーんな学校に行ったことは、
ひとつも『実力』には結びつかないけど。
可能性を知るすばらしい経験になった。(この話は今度しますね)

そう。私に一番欠けていたのは、”陰の力”

その意味の全てはここでは説明しきれませんが、

究極の陰の力は宇宙に委ね。つまり自分自身への信頼なんです。

『自信』

自分には自分にしかない『価値』があるということを

信じられなかったから、

自分自信を磨くより

人が求める価値に追いつこう。追いつこうと

頑張っていた。

本当に大切なのは、
何をやるかではなくて、何のためにやるのか

何をやってもいい。でも私にしか出来ない仕事の仕方

私にしか表現出来ない方法。

そう信じてやっていれば、

何をやっても『天職』になってたはず。

何のためにやってるのかが、わからなくって、
それが自分の魂の役割を果たしてなかったら

ひとつもお金(エネルギー)に変わっていかない。

そして何よりも、その価値ってのは、自分一人で作るものではなくて
それを受け取ってくれる人と一緒に作るもの。

だから、自己満足に浸って、何かを提供したって、
誰も買ってくれない

↑ 実はそれがマーケティングだって、今になってわかったけど。

それには何よりも誰よりも、

自分が自分のこと信用しないと、一つも始まらないってこと。

 

そう。気がついたら一番大切なのは

自分を愛して、自分の小さな喜びを大切にして

ありのままの自分を受け入れて

自分の人生を歩む事。

まったく当たり前で、一番大切な教えをくれたのが、

五行とタントラでした。

だから、私の残りの人生は、

それを皆さんに伝えることで、過ごそうと決めたんです。

そんな人生を歩み始めたら、

今まで必死で頑張ってきたことが『陽』
自分自身で居る事「陰』と結びついて

楽しみの中に生きながら、豊かになるという
生活が始まりました。

でも一つだけトリックを言いましょう

全ては陰から始まるのです。

だから、もし私が、

自分自身になること(陰)から始めていたら

この20年間のもがきは、なかったんです。笑

でも、もがいたからこそ、実感込めて皆様に伝えられる

それが、今の私の最高のギフトです。

↓ 今日1日をしあわせに生きる!の表明💕クリックお願いします〜

恋愛・結婚ランキング
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る