子供が出来なかった人生の歓び

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Asami

Asami

(キネシオロジスト) ホンモノ自分で、ホンモノの人生を送ること。 そしてホンモノのパートナーを惹きよせるための 倭のタントラの道をご紹介してます! *NYU IT *The New York School of Homeopathy *クラシカルホメオパシーFCH JAPAN *Integrative Nutrition *Natural Gourmet *Integrated Healing(キネシオロジー)マスター 全米公認ヨガインストラクター

先日の人工授精・・のご相談を受けて、自分の40代や、子供を産むことに関する意識を色々と思い出し、
これ書かなきゃ!って思いました。
セッションにいらっしゃる方も友達も知り合いも含めて
40代前後女性のほとんどが!?
子供を産むべきなのでは?という
固定概念によって自分の選択がわからなくなっているのを見てきて・・。
違うオプションもあるよ・・・ってつもりで、私自身の話を書くと参考になるのではと思いました。

50代に入って、(結果的に)子供のいない人生を選択した人たちが
私の周りには結構居て・・・。
集まるといっつもこんな話になる・・。
『色々迷ったけど、女の本当の幸せって50からだよね・・・・って』
そして、Shinzoさんがたぶん2日に1日は口にする言葉・・・
『亜沙美さんに子供が居なくて、本当によかった・・』って
↑ まこれは、話すと長くなってしまうので割愛しますが、彼の人生は付き合った女性の子供たちの世話に追われていたようなところもあり・・。

私達は今、二人の夢である仕事づくりに100%集中して、夜は二人でキャンドルを灯しワインを飲みながら、3コースとか、一緒に作って楽しむ。夜は9時には寝ちゃう。朝早起きしても、ベットの中で・・ゆーっくり時間を過ごしたり、将来の夢を話し合ったり。8時になると、ヨガに出かけて、精神も体もクリアにし、その後は、仕事に熱中出来る最高の時間。世界中で毎回、ハネムーンとしてワークショップで回る。っていうのが二人の夢であり、行動目標。
こんな生活・・・子供が居たら、なかなか出来るもんじゃあないでしょう?

そして、私はといえば、ずっと憧れていたのは、ハーフの可愛い娘が出来ること。
なんと、私が好き勝手なことしてるうちに、もう15才に育っていただいて、
今やベストフレンドのソフィア。(Shinzoさんのお嬢さん)
この夏、お母さんも一緒にマウイで大パーティやるんです。会えるの超楽しみにしてます。
これ以上のシナリオってあるの?ってくらいなんです。
でも、まさか人生の後半に、こんな日が待ってるなんて、若い頃には想像も出来なかった。
だから、そう。いっぱい大変な想いしました。

これは私のほんの個人的なほんとの気持ちと出来事であってそれ以外の何物でもありません。

私、自分の作り上げたドラマの中の世界を現実の世界だと完全に勘違いしてたんです。

あなたが心から欲しいと思ってるモノ、望、願い
・・・それはいったい誰のもの?

それをジタバタしていた人生の経験談で、見つけて笑ってください。
前回の相談・・・の中にも書いたのですが、私の家は、サラリーマンの父と専業主婦の母。(少なくとも私の物心がついたときには)兄との二人兄弟。

私の中には、私もいつか、結婚して、男の子と女の子を一人ずつ産むのかなぁって思ってました。

そして25歳で結婚したけど、まあ始めのうちは二人でいっぱい遊んで、30くらいになったら、子供のことを考えようかな・・・みたいなよくありがちなカップル・・・ところが30くらいになる迄にはすっかりセックスレス(ま、というかこの話はタントラのクラスでしかできない、相手もいるので真実はちょっとオフレコ)

結果的に何が素晴らしかったって、『離婚は絶対いけないことだ』と思い込んでいた私でも、少なくとも子供がいない・・・という大きな言い訳が一つプラスされて、離婚できたこと。

そして、その後NYに旅立って、私の人生大ブレイク。日本では絶対タブーだと思い込んでいた、カジュアルな男性とのおつきあい。いろーーーんな素敵男性とも会い、やってみたいと思うことにいーっぱい挑戦して・・・ 30代前半だったんですが、それまでやったことのないことを端から楽しんだんです。
子供が出来なくてよかった・・・って毎日のように感謝していました。

子供の居る友達からは、『亜沙美はそんなこと言っても、子供を産んだことがないから、この幸せがわからないのよ・・』と言われたりしました。本当にそうなんでしょうね!でもそれは、その時点の私の人生には、何も影響しない言葉。
だってもう、

フリーーーーーダム!!!!!!だったのです。

 

そんな私も、30代後半に入り・・・また違うステージに入りました。その頃一緒に住んでいた、イギリスのミュージシャンの彼。付き合いも長くなり、私はそろそろ子供を・・・と思ってたのです。でも、彼にはまーーーーーーったくその気がない。私は焦り始めました。
100人にご経験があるか?と思いますが、まあその通り、彼を変えようとし、彼が子供を産みたいという意識に変わってくれることを願い、そのうちそれが全くかなわないことにフラストレーションを感じ、生活の色々なことが不満になり、喧嘩の毎日。
そのうち彼はなんと二十歳の女の子と恋に落ち、亜沙美・・フラれる・・・(>_<)

↑ あの時はすっごい恨んだりしたけど、今から思えば・・というか端から見れば自然ですよね 笑

別れてからはさらに焦りました。40歳までに子供を・・・って思ってたのに、38歳で別れちゃって・・・どうすんのよ?って
そして、その焦りの中で探したパートナーって、書くのも恥ずかしいくらい、ターゲット!!な感じで

心臓内科医、40歳、年収8000万、子供を切望!!(インド人)

しかも私、ぜんぜん惹かれてなかったんですよ。始めは。
人間の意識って怖いですよね。目的のためには、自分の心まで見えなくなるんです。

ここで問題が起こりました。彼のお母さんからの大反対!!『相手が日本人なんて絶対ダメ!!』
そこで私達。何をしたと思います? 必死で子供を作ろうとしたんです。

子供さえできてしまえば、この難関をクリアできるのでは・・・?

いやぁ 浅はかです。人工授精の相談・・・の中でした私達のアドバイスを、この時の自分に聞かせてやりたい 笑

でも・・・どんなに頑張っても子供はできなかったんです。

私ってあまりに無知だったんです。インドの人、特に上流階級の人たちって、民族意識や家族意識がこの上もなく強く・・。
男女差別も甚だしいんですよ。
別れる直前でしたが、彼のご実家(アメリカ)に遊びに行った時のこと・・『こんにちは』って言って、握手をしようと差し出した私の前を、ご両親は誰もいなかったかのように、無言で通り過ぎて行きました。夜になると彼は一人でキングベットに寝て、私達女性は全員床です。しかも妊婦の方まで床に寝て・・・。毛布も足りなくて寒い・・・

そして、唯一インド人でなかった私は、みなさんが写真を撮る度に、決してその中に入れてもらえず、いつもシャッター係。

身が凍るような思いして帰って来ました。なるほど・・差別されるってこんなに厳しいことなのかって

今から思えばすごいいい体験でした。

そして、彼はその直後に ご両親の選んだ結婚相手と内緒で電撃結婚してしまいました

いや、大声で泣き叫んで、彼のこと『裏切り者!!!!』ってなじりましたよ。

↑ でも今から考えれば、この一連も・・・ほんとに自然な流れですよね (苦笑)
そして今でも思う・・・彼との子供が出来てたら、いったいどうしてたんだろう?と・・・。
さてさて、私の40代ももがきは、まだ終わりません。次回、ついに望み通りの結婚!から書こうと思います。 to be continued…

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